イタリア、ミラノから。

更新日:2020年5月14日

イタリアの経済中心地であるミラノ。


そんなミラノは、華やかでリッチ(だった)。

特に、2008年のリーマンショックまでは。


その後は。


失業率も高く、不景気ながらも、歴史や文化の奥深さからか、元々、ミラノ、ミラネーゼに根付く豊かささえ、感じられることも少なくなく。


ファッションの発信地として世界中で有名なミラノでは、毎年シーズンごとに、ファッションショーなど、たくさんの華やかなイベントが行われる。

”ミラノファッションウイーク”である。

毎回、モデルや芸能人、有名人、そして世界中から、ファッション業界の人々がミラノへ集結する。そんな1週間の、ミラノ中心街は、交通渋滞が激しく、地元の者としては、ミラノへ他の用事などがあるときは、ファッションウイークは避けるほど。


2020年、2月21日。


COVID 19(コロナウイルス)に感染した最初のイタリア人患者が、ミラノから69キロ離れた、コドーニョという町で見つかった。その日、即、コドーニョが閉鎖された。そして、ミラノで新たな感染者が発表されたのが、数時間後のこと。


それは忘れもしない。


その週は、ちょうど、ミラノファッションウイークが行われていた。そして、たまたま、私はその1週間、メイドインイタリーの某有名ブランドのミラノ本社で働いていた。

本社へも、中国を含め、世界中からの関係者もたくさん来ていた。


パンデミックとなること、そして、イタリアで、更に、経済中心地であるミラノ、ベルガモがある、ここロンバルディア州で、第二次世界大戦時、1940年~1945年の5年間の死亡者数の7倍を超える14,000人以上が、2か月で亡くなる、この現実を、当時、誰も想定していなかったことでしょう。