貴重だったYKKファスナー販売㈱時代の3年間

私は今、平成17年11月の日付の「YKKファスナー販売株式会社 (OB)懇親会住所録」を名簿集から取り出し、眺めている。この会社はもうすでに無い。数年前に親会社のYKK株式会社に吸収されてしまったようだ。私が大学を卒業し、初めて就職した会社です。入社試験を受けたのは吉田工業株式会社(現在のYKK)。創始者の吉田忠雄社長が面接官だった。入社後すぐにYKKファスナー販売株式会社に転籍となった。初めての会社経験なのでその当時はあまり意識しなかったが、明るく風通しが良く働き易い会社であった。創立2年目の若い会社で社員は故今関英男社長を中心に十数名の社員、こじんまりしたまとまりの良い販売会社。社長も先輩の皆さんも申し分のない会社だったが、私は入社3年目で事情があり退社してしまった。それから40年以上経過後に私は先述のOB懇親会になぜか参加していた。この懇親会はYKKファスナー販売株式会社の退職者の集まりです。40以上前に3年程度しか在席しなかった私がどういう訳か招かれノコノコ参加したのです。当時の今関社長にも久しぶりにお会いし御挨拶させていただきました。驚きました。今関社長は私の事を覚えて頂いていただいていたのです。嬉しかった!!と同時に当時の悪ガキぶりの印象が強かったためかも、と複雑な思い。

しかしながら入社後3年目に退社した私を快く迎えてくれたのです。その当時私は社員を10人以上抱える一端の経営者だったので入社後3年目に退社する社員への今関社長としての苦い思いを知る立場になっていた。

今関社長が怒ったり叱ったりしたのを見たことがなかった。いつも笑顔で歯切れよく話をかけていただいた。営業マンが全員顧客訪問や集金から戻るまでいつも待ってその日の報告を受けて帰るようだった。社員とのコミュニケーションが明るいのである。私がその後勤めた住友スリーエムを辞めて会社を立ち上げた時の社長としての経営者モデルは今思えば故今関社長だったようだ。私が起業後、会社で掲げた社是は「明るく誠実に」。無意識に今関社長の後姿を追っていたのかもしれない。(写真は散歩道の公園)


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